ブログ in ドラマ 第4回作品
月刊女性誌の編集者、町島 柊子(まちじま しゅうこ)は、28歳。
知り合いのスタイリスト、岡部から気になる美容師の話を聞かされた。
その美容師の名前は、沖田 杏ニ(おきた きょうじ)。
彼の営む美容院「裏原図書館」へと、足をはこぶ柊子。
しかし、店の明かりは消えていて・・・
――――――――――――――― 第3話 ――――――――――――――この人が、沖田 杏二さん?「あなたが、沖田 杏二さんなの?」
「え? そ・・そうですケド・・・」
杏二は、初対面なのに何故か自分の名前を知っている柊子に対して、やや不思
議そうにしながら応えた。
「オレに何か用? あぁ、カットの予約?」
柊子は、目の前にいる・・、昨日ここへ足を運んだ時にこの店・・「原宿有機野
菜店」の店内にいたこの男性が、自分の会おうとしていた・・、会いたかった
沖田 杏二である事を知り軽く舞い上がってしまっていた。
「あ、あの・・、そう・・じゃなくて・・・」
「来週の火曜日以降なら空いてる日もあるケド、あ、でも店に戻ってカレンダ
ー見てみないと分かんないなぁ・・」
「そ、そうじゃなくて・・」
柊子が、そこまで言いかけた時、店の、「原宿有機野菜店」の奥で何か、ガラス
や陶器のようなモノが割れるような音が聞こえた。
「何だ?」杏二は、音のした方へ振り返った。
「・・・・?」柊子も、店の奥へ目を向けた。
と、そこへ、前など全く見ないような前傾の姿勢で女の子・・、葵が飛び出し
てきた。
葵は、あまりの勢いで飛び出してきたので、店先で杏二と向き合っていた柊子
とブツかってその場へ尻餅をついた。
「オォォッ!」柊子が小さく声をあげた。
「オ、オイ、葵、どうした?」その様を見ていた杏二が心配そうに声を掛けた。
「・・え? だ、大丈夫?」
柊子も心配そうに声をかけたが、顔を上げた葵は、二人へにらむような目を向
けると、立ち上がって街の方へと走って行ってしまった。
「オ、オイ! 葵っ!」
杏二は、チラっと店の中へ目を向けてから、
「悪い、また今度にして!」と、柊子に言うと葵を追いかけて走って行ってし
まった。
「え・・・、今度って・・・?」
柊子の歯切れの悪い呟きは、既に走り去ってしまった杏二に届く筈もなかった。
「・・・って、行っちゃった・・・・」
柊子は、「原宿有機野菜店」の店先にひとり、ポツンと取り残されていた。
「しょうがないかぁ・・・・」
暫くの間、杏二が走り去って行った方をボーっと見ていた柊子は、そう呟くと
「原宿有機野菜店」の誰もいない店内へと入ってみた。
「原宿有機野菜店」の店内には、色々な野菜が木の箱に入れられて並べられて
いた。
決して広い店ではなかったが、店の外観から想像したのよりも遥かに豊富な数
の野菜が置かれていることに柊子は、少なからず驚いていた。
大根やニンジンなど根菜類は、どれも土がついたままビニールの袋などにも入
れずに、そのまま置かれていた。
店内の照明が蛍光灯ではなく、ハダカ電球が二つだけというのも、店に独特の
雰囲気を醸し出していた。
誰もいないのをいいことに、店内をじっくりと見回した柊子は、
「あのぉ~、すいませーん!」と、店の奥へ向かって声をかけた。
店の奥は、住居となっているらしかった。
柊子の暮らす実家の「町島酒店」と同じだ。
「すいませーん!」何の反応も無いので、もう一度声をかけた。
すると、店の奥からさっき柊子がここへ来た時に杏二と話していた男性が出て
きた。
男性は、さっき着ていた遠目にみても完全に冬物の黒い皮ジャンではなく、ネ
イビーカラーのフライトジャケットをTシャツの上に軽く羽織っていた。
「いらっしゃい。あ、すいません。誰もいなかったですか?」
「あ、あの、沖田さんなら、女の子を追いかけていっちゃいましたけど・・」
「あ、そうか・・。杏二が追いかけてくれたんだ・・・」
「ええ。」
「あ、すいませんね。で、何にします?」
男は、店内の野菜へ目を向けながら柊子に聞いてきた。
柊子のことを、客だと思ったらしい。
「あ、あの、そうじゃなくて。私、こういう者なんですが・・」
柊子は、そう言いながら、その男性に名刺を差し出した。
「丸川書店。出版社の方ですか。」受け取った名刺を見ながら男が言った。
「ええ。実は、沖田さんにお会いしたくて来たんですが、沖田さん走って行っ
ちゃったものですから・・・」
「あー、すいませんね、なんかドタバタしてて。さっきの“アレ”、私の娘なん
ですよ。今ちょっと取りこんでたもんで。アイツには・・、杏二には私の代わ
りに追いかけて行ってもらったようなもんで。アオイは・・・、あー娘は、ア
イツの方がいいっていうか・・懐いてるんですよ。杏二に・・・で、なんでし
たっけ?」
「あ、で、沖田さんに、“また今度”って言われたんで・・、その名刺を渡して
おいていただけないかと思って、お邪魔したんです。」
「コレをね。OK。お安いご用ですよ。」
そう言うと、その男性は、柊子の名刺を小ぶりなレジの上に置いた。
「じゃあ、すいません。お願いします。」
「はいよ。」男性は、笑顔でそう応えた。
柊子は、そのまま店を出ようとした・・・が、思い直して振り返ると、
「あの、やっぱり、そのサツマイモいただいていこう・・かな。」と、言った。
「はいよ。幾つにしますか?」男性が、より一層の笑顔で柊子を迎えた。
その笑顔につられて、柊子の顔にも笑顔が広がっていた。

「はいよ。」
葵が声のした方を見上げると、缶ジュースを差し出した杏二が立っていた。
葵は、キャットストリートの片隅で、道路を仕切るガードレールにちょこんと
腰掛けていた。
「・・ありがとう・・・」
言いながら、杏二が差し出したジュースの缶を受け取った。
杏二は、葵の隣に腰掛けると、自分の分の缶コーヒーを軽く振ってからプルト
ップを起こして開けた。
「ねえ、杏二・・」
「・・ん、何?」 コーヒーを飲みながら杏二は、相槌を打った。
「アタシさあ、ヒデくんをさあ、早く自由にしてあげたいんだよ・・・」
「ん、・・自由って?」
「だからさあ、ヒデくんアタシに気ィ使って、再婚とかしないみたいだし・・・
だから、アタシが早く一人前になって、ヒデくんを安心させたいし、ヒデくん
を自由にしてあげたいんだ・・」
「そっか。」
「うん。まだ、早いかな、こんな事言うの?」
「そうだな。」
葵の母親と秀俊は、葵がまだ幼稚園に通うよりも前に離婚していた。
秀俊は、それ以来、男手ひとつで葵を育ててきた。
「まだいいんじゃないかな・・まだ、アイツの前では子供のままでも。もう少し、
父親役をやらせてやれよ。」
「・・・・・・」
「葵が、あんまり早くに大人の女になっちゃうと、アイツ、どうしていいか判
らなくなっちゃうよ。きっと。」
「そうかなぁ・・・」
「そんな風に、オレは思うな。」
「難しいね、家族って。っていうか、男のヒトって。」
「なぁーに、大人びた事言ってんだ。」
杏二は、笑いながらそう言うと、葵の頭を軽く叩いた。
葵も笑いながら、肩をすくめてみせた。
壁面に据付られた大きな鏡を丁寧に乾拭きすると、店内の掃除はひとまず片付
いた。
月曜日。
杏二は、朝早くから自分の店、「裏原図書館」の店内を掃除していた。
白い塗料を荒く塗ったような仕上げの白木のフローリングに、白いクロスを貼
った壁面。
店の一番奥には杏二の住まう2階へと続く階段があり、その階段の前が小さい
レジカウンターだ。
レジカウンターの脇には、お客様の上着や荷物を入れておく為の、縦長のロッ
カーが置いてある。
店内には、カットをする際に使う椅子が一脚、シャンプーをする時の椅子が一脚、
それから事前のカウンセリングの時に使う木製の椅子が一脚。
杏二は、よくこの椅子を店の外に出して、これに座って煙草を吸ったりしている。
それから、杏二が作業する時に座る、キャスター付きのストゥールが一脚。
待合スペースには、3人は掛けられる大きさのパステルグリーンのソファーが
ひとつと、ソファーの前に小さなガラステーブル、ソファーの対面には、その
ソファーと同じ位の横幅で腰位の高さの白木のボックスが置いてある。
ボックスの中には、多数の本が入っている。
髪型の雑誌やファッション誌、モノ系の雑誌なども入れられてはいるが、それ
らはごく僅かでそれ以外は写真集が入れられていた。
写真集は、風景や静物の写真のものばかりだ。
漫画本は無く、週刊誌もほとんど無い。
週刊誌はどれも、ティーンが読むような情報誌で、それらは全て葵が置いてい
ったものだった。
ボックスの反対側は、ローボードのようになっていて、その中にパーマやヘア
カラーに使う溶剤などが入れられていた。
鏡は、カットなどの作業用の椅子の前の壁面と、その反対側の壁面に一枚ずつ、
据付られていた。
どちらも、幅1メートル20センチ×高さ1メートル30センチで、床から50
センチ程の高さから取り付けられていた。
どちらの鏡にも、木製の額縁のようなフレームがつけられていた。
入口のガラスがはめられた白い木製のドアの上には、濁った真鍮色のベルが付
けられていた。
杏二は、掃除の仕上げとして最後に乾拭きで磨いたカウンセリング用兼、姿見
の鏡を少し離れた位置に立って、満足そうに見つめていた。
やがて杏二は、すぐ側に置いてあったカウンセリング用の木製の椅子を片手に
持つと、そのまま店の外へと出た。
店の表、窓の前にその椅子を置くと、杏二はそこに腰掛けて煙草を吸いはじめた。
「おっ、なんだ、今日もヒマそうだな!」
杏二が店の表へ出てきたのを対面の「原宿有機野菜店」の中から見ていた店主
の秀俊が声をかけた。
「おかげさまで。」
「あ、そうそう、この間は、ありがとな。」
「あー、そういえば、どうなりました? 葵とは、仲直り出来ました?」
「うん、まあ。なんとなくな。」
「なんとなくか・・。まあ、とりあえず良かった、かな。」
「ま、そうゆうこと。」
杏二の吐き出した煙がよく晴れた秋の空へ向けて流れて消えていった。

柊子は、片岡 優一とパブから出てきた。
ふたつ年上の彼、優一と柊子は、かれこれ3年程の付き合いとなる。
柊子が以前、編集部に所属していたインテリア関係の雑誌の取材で訪問した先
の住宅設計事務所の営業が優一で、仕事で接しているうちに・・というよくあ
るパターンで付き合い始めたのだった。
おたがいに仕事が忙しい柊子と優一は、月に3回会えれば良い方だった。
「あー、ちょっと酔っ払っちゃったかなぁ、アタシ。」
「バーカ、あの位で酔うなよ。」
「あ、いま、バカって言ったでしょ? バカってぇ!」
「言いましたっけ? そんなこと。」
「言ったわね。」
「あー、んな事よりさあ、腹減んねぇ?」
「あー、ちょっと減ったかも。」
「じゃ、行きますかぁ?」
「何?」
「飲んだ後といえば・・」
「飲んだあとといえば・・・なに?」
「やっぱ、ラーメンでしょ!」
「おっ! そう来たか。」
「どう? 行くの?」
「行く! イクイクゥ! 大賛成!」
二人は、電車に乗って、最近優一が見つけたというお気に入りのラーメン屋へ
と向かうことにした。
新宿から乗った山手線を代々木で降りた二人は、原宿方面へ少しだけ徒歩で移
動した。
「ここ?」
「そう、ここ。 シンプルだけど、旨いんだ。」
店の外観も、赤地に白抜きの暖簾に書かれた「十番ラーメン」という店名ま
でもがまさに“シンプル”だった。
暖簾をくぐって、引き戸を開けて店の中へ入った二人を待っていたのは、これ
も“シンプル”な雰囲気の店内だった。
メニューも、“シンプル”に、しょうゆと味噌の二種類のラーメンと缶ビールし
かなかった。
二人は、ふたつだけあるテーブル席の一つに席をとると、しょうゆラーメンを
注文した。
やがて、運ばれてきたラーメンは、優一の言うように“シンプル”だが確かに
旨かった。
二人がしょうゆラーメンの後半戦と向き合っていると、引き戸を開ける音とと
もに一人の客が入ってきた。
店の店主らしき男性が、常連らしいその客に声をかけた、
「おっ、いらっしゃい!
キョウちゃん。」
なんとなく顔をあげて、その“キョウちゃん”と呼ばれた客を見た柊子は、思
わずラーメンを吹き出しそうになった。
「だから、その“ちゃん”は、よせってば・・・」
そう言いながらカウンターの端に腰掛けたのは、間違いなく沖田 杏二だった。
「あー、オレ、味噌ね。 味噌。 あ、あとビール。」
そう言って注文している杏二は、柊子のことに全く気付かないようだった。
「・・・? あ、どうかした?」
急に落ち着きのなくなった柊子に、優一が不思議そうに声をかけた。
「うううん。 なんでもない。・・お、おいしいねコレ。」
精一杯、平静を装って柊子は、応えてみせた。
「だろっ。オレの中じゃ、ここ数年でナンバー1なんだよね。」
柊子の言葉を真に受けた優一が、嬉しそうな声をあげた。
柊子の感心は、そんな優一をよそにカウンターに座った杏二の方へと向けられ
ていた。
― 優一が一緒じゃなければ、声かけたのにィー
柊子は、心の中でそう叫んでいた。
結局、柊子は、優一と仲良く何事もなく店から出たのだった。
杏二は、その時まだ味噌ラーメンをすすっているところだった。

「えーっ! じゃあ、3回もニアミスだったんですかぁ?」
「ニアミスって、・・・まあ、その通りかぁ・・・ハァ・・・」
あくる日、取材の為に原宿へ来ていた柊子と千沙の二人は、そんな会話をして
いた。
二人は、これから編集部専属のカメラマン、三山 はじめ(みつやま はじめ)
通称“はじめちゃん”と合流してスタイリストの岡部 博之が店長を務める美
容室「Hot Sutff」へ向かうところだった。
「ねえ、柊子さん。まだちょっと時間ありますよねぇ?」
「ん? あー、あるけど。」
「これからちょっと行ってみませんか? その杏二さんっていうスタイリスト
のトコに。ね、岡部さんのトコ行く前に、ちょっとだけ。」
「ええぇ、でも、“はじめちゃん”と待ち合わせだし・・・」
「大丈夫ですよ、“はじめちゃん“なら、柊子さんの言うことには、絶対服従だし。
それにまだ、30分も時間ありますよぉ。ね。」
「って、アンタ。もしかして、サツマイモが買いたいだけじゃないの?」
杏二には会えなかったけど、「原宿有機野菜店」で買ったサツマイモは、すごく
美味しかった話を千沙にしたばかりだった。
「しょうがないなぁ。 行ってみるだけだからね。」
「はい!」 千沙は、いつになく弾んだ返事をした。
柊子と千沙の二人が、石畳風の路地を歩いていくと、遠目に見ても「裏原図書館」
の店内に明かりが点いていないことが判った。
「ほらぁ、またやってない・・・」
「あ、でも、向かいのお店にいるかもしれないんですよね?」
「まあ、そうだけど・・・」
ズンズンと歩いていく千沙を追うようにして、「裏原図書館」の前へとやってきた。
「裏原図書館」は、案の定、営業していなかった。■ Theme Tune is 「Overnight Sensation」&「Love Of A Lifetime」
by FIREHOUSESTORY & Photo by 陳 笈本作『カリスマ』の登場人物などの設定資料を近日アップします。