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  • ~ ZATUBUN ~ 第40回 エッセイ『噺す』
    [ 2010-04-29 12:50 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第39回 『きっかけは、1枚の写真』
    [ 2009-08-26 21:11 ]
  • ~ ZATUBUN ~番外編 『そして今日も私は、写真を撮る・・・』
    [ 2009-07-31 23:00 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第38回『東京公園』― Tokyo Parks ―
    [ 2009-05-27 10:37 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第37回 『背筋を伸ばして、九段の玉葱へ』
    [ 2009-05-11 16:51 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第36回 『左側のページ』
    [ 2009-04-14 19:53 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第35回 『ずっと、卒業できない・・・』
    [ 2009-03-03 11:24 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第34回 『Ritchie Blackmore を語る』
    [ 2009-02-24 12:52 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第33回 『ジャケ買い』
    [ 2009-02-15 17:39 ]
  • ~ ZATUBUN ~ 第32回 『それぞれの“今日”』
    [ 2009-02-01 21:41 ]

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第40回 エッセイ『噺す』



~ ZATUBUN ~             第40回

エッセイ 『噺す』




テレビを観ていたりして、時おり、“あぁ、この人は、なんて話が上手いの

だろう”と、感心させられる事があります。


たとえば、ある民放が放映している、笑福亭鶴瓶さんがメインパーソナリ

ティーを勤めるトーク番組で、その番組の最後に鶴瓶さんが、スタジオ観

覧されているお客様とテレビの前の試聴者へ向けて、毎回その回に出演さ

れたゲストの方にまつわるトークを一人でされるパートがあるのですが、

私はこのごく数分(おそらく、1~3分程度)のトークを観る度に、前記

したように感心させられるのです。

“あぁ、この人は、なんて話が上手いのだろう”と。

勿論、鶴瓶さんは、れっきとした噺家の方で、“話す”ことのプロなワケ

ですから、上手くて当たり前といえば、それまでなのですが・・・

実際には、プロといえども、なかなか本当に“上手いなあ”と感心させら

れるような人は、けっして多くないように私は感じています。

では、前記した鶴瓶さんのトークのいったい何処に私は感心させられるの

か?というと・・・

それは、鶴瓶さんの話が常に“その話を聞く相手が、自分が話そうとして

いる事柄を知らない“という前提で話している、という事なのです。

これは一見、あたりまえの事のように感じるかもしれませんが、こうした

ことを前提に話をしたり、文章を書いたりする事が出来ている人というの

は、実はけっして多いものではありません。

大概の人が(おそらく私もその内のひとりですが・・・)、“聞き手(ある

いは読み手)が、自分が伝えようとしている事柄を知っているであろう“

という推測、もしくは前提の上で話をしたり、文章を書いたりしていると

思います。

中には、“こんなことは知っていて当たり前”というような“独りよがり”

な考えの人なんていうのも、けっこう多く見うけられたりします。

そうした、ある種“相手依存”ともいえる話や文章というのは、実は“聞

き手”あるいは“読み手”の側にとっては、けっこうつらいものであり、

ストレスを感じさせることでもあるのです。



前記した鶴瓶さんの場合、あくまで聞き手であるスタジオ観覧のお客様や

テレビの向こう側にいる視聴者に自分の話す内容がきちんと伝わるよう、

さりげなく気遣っているのが感じられるのです。

それでいて、その話はけっして長くなく短い尺の中の納まるよう完結して

いるのです。

ごくわずかな、3分程度の尺の中で、自分の伝えようとする事を相手に解

るように話すというのは、実は恐ろしく難しい。

それを、さらっとしてみせる鶴瓶さんを見ていて、

“あぁ、この人は、なんて話が上手いのだろう”と、思わずにはいられな

いのです。

では何故、鶴瓶さんのそのトークを見て、聞いてそう感じるのか?

それは、その話がきれいに完結している、ということもあるのですが、な

によりも前記したように“その話を聞く相手が、自分が話そうとしている

事柄を知らない“という前提で話している・・・、つまりは聞き手側の立

場に立って、その相手を思いやった上で話しているから・・・

私には、そのように思えるのです。

自分の話す内容を相手に伝えたいという思いと、その相手にどのように話

したらそれが伝わるのかを、相手の立場に立って考えた上で話をすれば、

“話すのが苦手”な人や“私は口下手”という人であっても充分に相手に

伝わる話が出来ると、私は思っています。

そしてそれは、文章であっても同じことだと思うのです。

読み手の側に立って書いた文章であれば、伝えたい内容はわかってもらえ

るのではないかと・・・


私は、なんとかして読み手に思ったように内容が伝えられるような、そん

な文が書けるようにと思いながら、今日もこんな文を書いているのです。






Ward & Photo by 陳 笈

by endow2004jp | 2010-04-29 12:50 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第39回 『きっかけは、1枚の写真』



~ ZATUBUN ~             第39回

『きっかけは、1枚の写真』



今ここに、とても古い雑誌の切り抜きがあります。


とある音楽雑誌から切り抜かれたソレは、今から30年近く前の、私がまだ

中学生だった頃のモノで、本棚の隅の方に置かれたまま眠っていたファイ

ルの中に、ひっそりと保存されていました。

その切り抜きには、あるアーティストが、晴天の屋外ステージでギターを

演奏する姿が写った写真が印刷されています。

そこに写っているアーティストは、私が今でも好んで聴いたり、演奏したり

することのある、アメリカのハード・ロック・グループ、ジャーニーのギタリス

ト、ニール・ショーンです。

約30年を経過した、切り抜きの写真の中で30年前のニール・ショーンは、

ギブソンのレスポール・カスタムの限定モデルを演奏しています。

晴天の空のもと、彼の操るギターのいたる処が、日差しというスポットライト

を浴びて眩く光輝いているように見える、そんな写真です。

そしてなによりも、そこに写し出された、ギターも含めたニール・ショーンの

姿そのものが、自ら発光しているが如く、キラキラと魅力的に光輝いている

ように私の目には写るように感じられ、そんな印象は、この写真を雑誌から

切り抜いた30年前も、そして今現在も変わらず感じる事が出来ているので

す。



この写真は、実は、私にとって“特別な1枚”と呼べるものなのです。

何故、この写真が“特別”なのか、と言うと・・・


実はこの写真が、私がギターという楽器を始めるきっかけとなった1枚だ

からなのです。


私は、小学校に通う終りの頃から既に洋楽を聴くようになっていて、中学へ

通うようになると洋楽中心の音楽専門誌を読む(見る?)ようになっていまし

た。

そんな中、ある日出会ったのがこのニール・ショーンのライブでのショットで

した。

正直、この写真を一目見て、こう思いました。

“カッコイイ!!”

そして、何かにとり憑かれたかのように、それまで学校での音楽の成績も

それ程良くなく、たて笛すらロクに吹けず、人前で歌を歌うことさえ苦手だ

った(歌は今も苦手だが・・・)私が、自分もこの写真の中の男のようにギタ

ーを弾いてみたい、と思うようになったのでした。

それからは、暇さえあれば音楽誌を見てギターの研究をするようになり、

ほどなくして父が友人から借りてきてくれたガット・ギターを与えてくれて、

本当にギターを始めることとなったのでした。

それまで自分から何かを進んでやるという事が殆ど無かった私が、洋楽な

どの音楽や楽器に没頭している事を、私の両親は好意的に見ていてくれた

こともあり、私の音楽や楽器への熱はさらに加速していきました。

高校への入学が決まると、ガット・ギターは、エレキ・ギターへと変わり、就職

をして社会へ出ても、変わらず、音楽や楽器が私にとっての一番の趣味とな

っていました。

そして、それは今も変わらず、さらには、この先も変わらない・・・いや、変えた

くない、そう思っています。

願わくば、年金生活になってもなお、ギターを弾き続けていたい・・・

そんな風に思う、今日このごろなのです。


そんな、大切な趣味のひとつと巡り合えるきっかけを与えてくれたこの1枚の

写真を、私は今も大事に保管しているのです。






Word & Photo by 陳 笈

by endow2004jp | 2009-08-26 21:11 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~番外編 『そして今日も私は、写真を撮る・・・』


~ ZATUBUN ~             番外編

『そして今日も私は、写真を撮る・・・』



それにしても、カメラ付き携帯電話とは、本当に便利なモノです。

一昔前までは、そんな便利なモノが普通に使える時代がやって来るなど

とは、思ってもみませんでした。

私は日頃、写真を撮る場合、携帯電話のカメラで撮影をしています。

なので、携帯電話の機種選定は、その大半がデジタルカメラ部分の性能

を最優先にしています。

それは、いつ何時でも気の向いた時にスグに写真を撮る事が出来るから。

それが、たとえ仕事中であったとして、目の前に写真として残しておきたく

なるような景色が現れた場合、携帯さえ持っていれば躊躇うことなく写真

を撮る事が出来るワケですから・・・



そんなワケで私は、気に入った景色やシーンが目の前に現れる度、それ

らを写真として撮っているのです。

おかげで、今では幾つもの連載モノのストーリーで使える程の枚数の写

真がキープされるまでになっています。

特に、このようにブログなどをやっている今となっては、カメラ付きの携帯

電話は、私にとって必要不可欠なツールとなっているのです。



せっかく撮り貯めたこの写真たちを使いきれるだけのストーリーの制作と、

更新をしないといけない・・・・・ですよね。。。。



Photo & Word  by 陳 笈

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by endow2004jp | 2009-07-31 23:00 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第38回『東京公園』― Tokyo Parks ―


~ ZATUBUN ~             第38回

『東京公園』 ― Tokyo Parks ―



以前このコーナーで、私の“公園好き”について書いたことがありましたが、
今回は私が現在気に入っている東京都内の公園をいくつか紹介してみた
いと思います。


まず最初は、

文京区に在る「大塚公園」
(東京メトロ丸ノ内線 新大塚駅 下車徒歩1分)

この公園は、住まいが近いこともあって、私が頻繁に立ち寄る公園です。
大通りに面した入口には洒落たデザインの造作が施され、公園内部の中央
にはミニ・サッカーが楽しめる(本当は禁止ですが・・・)程の広さの広場が広
がっており、その外周を木々が囲んでいる感じの、この地域では広い方に分
類されるであろう公園となっています。
前記のように、住まいが近いこともあり私は、頻繁にこの公園に立ち寄り、
以前は、この公園の広場で(本当はいけないのですが・・)はほぼ毎週のよ
うにサッカーを楽しんだりしていました。
故に、ストーリーを書く際に公園のロケーションが必要となると、真っ先に思
い浮かべるのは、たいていこの公園なのです。
「ストーン・イン・ラヴ」や「エンジェル・タイム」に出てくる公園は、まさにこの
“大塚公園”なのです。

*「ストーン・イン・ラヴ」の冒頭とエンディングの公園は、また別な実在する公園です。



次は、

江東区に在る「越中島公園」
(JR京葉線 越中島駅 下車徒歩5分)

この公園は、私がサイクリングの際によく立ち寄る公園です。
ここは、公園といっても隅田川沿いにある細長い公園で、土手の上の部分の
道の周囲と、その土手から川に面した部分に広がる面だけの実にこじんまり
とした印象の細く長い公園です。
そもそも私はこの公園を、以前に気に入って熱心に観ていたTVドラマに頻繁
に出てくることから知ったのですが、実際に一度この公園へ来てからは、実
に頻繁に立ち寄るようになる程に気に入ってしまいました。
この公園のいいトコロは、なんといってもいつ来てもとても“静か”だということ。
隅田川と、川の反対側にそびえる高層マンションや、印象的な姿の中央大橋
を眺めながら川に面して並んでいるベンチに座っていると、ついつい時間が経
つのを忘れてしまうような感覚に引き込まれてしまうのです。
このお気に入りの公園は、当“ブログ in ドラマ”の第一回連載作品である
「あいのめぐみ」の中で登場させています。
また、この越中島公園の側にある“隅田川テラス”も、のんびりと過ごすのに
はお薦めの場所となっています。



さて、お次は、

千代田区の「北の丸公園」
(地下鉄 九段下駅 下車徒歩3分)

ご存じ、日本武道館を有する皇居のお堀の中、“北の丸エリア”に広がる
広大な公園です。
ここは、場所柄から外国人の姿も多数見うけられ、晴れた休日の日中な
どに園内に入ってしまうと、さながら海外の公園に来たかのような錯覚に
陥るような雰囲気となっており、何故かそこにいる私たち日本人も、ベンチ
で読書をしてみたり、園内を黙々とジョギングしてみたり、芝の上で日光浴
をしたりと、まるでTVで観た海外の公園のような光景の一部となっている
のです。
そんな一種独特な雰囲気が、日本を代表するライヴの聖地と同じエリア
の中に広がっているのです。
以前はよく、武道館で海外アーティストのライヴが行われる日には、その
アーティストの熱心なファンの女性(つまり“オッカケ”)がライヴは夜なの
に昼間から現われて、この北の丸公園の中で弁当を食べたりしていたと
いいます、が、どうでしょう?弁当を食べろとは言いませんが、せっかく武
道館まで足を運ぶのであれば、少し早い時間に来て北の丸公園を散策し
てみる、というのは?
もしかしたら、リハーサルを終えたアーティストが芝生の上で日なたぼっこ
などしているかもしれませんよ・・・
(事実、ある著名なギタリストがそうしていたことがある、らしい。)



次は、都心のオアシス

新宿区 「新宿御苑」
(東京メトロ丸ノ内線 新宿御苑前駅 下車)

新宿には、中央公園もあるわけですが、私はどうも特に都庁が出来てから
の中央公園が好きになれず、新宿なら御苑の方がいいな、と感じているの
です。
ご存じのように新宿御苑は、入場料を払わなくては入場できないのですが、
その入場料を払うに値する世界がそこには広がっているのです。
新宿という都会の喧騒のすぐ隣で、木立だけではなく池や建造物なども配
した典型的な庭園型の園内の、樹木をはじめとしたあらゆる物が丁寧に手
入れを施された様には、その都会の喧騒からは完全にかけ離れた、どこか
のどかですらあると思わせる世界が感じられるのです。
場内の中央に広がる芝生を敷きつめたような広場は、誰もがそこに直に座
りたいと思わせることでしょう。
天気の良い日に新宿へと行ったなら、ショッピングだけではなく、たまには
副都心新宿にあって、まるで新宿らしからぬ新宿御苑を覗いてみてはいか
がでしょうか?



今回最後に紹介するのは、

江東区に在る「木場公園」
(東京メトロ東西線 木場駅 下車徒歩3分)

ここも、よくTVドラマなどのロケ地として使用される公園です。
途中に国道と川を挟む広大な園内を、実に印象的なつり橋状の陸橋でつ
ないだ特徴的な公園で、その園内には大きく広がった広場や、子供が遊
べる遊具を配した一角、バーベキューを楽しめるコーナー、さらには小ぶ
りな植物園などのエリアがあり、それぞれを繋いでいる通路や園内の外周
全体を手入れの行き届いた木々が覆う、非常に緑の多い公園となっていま
す。
この公園もまた、平日の日中などは周囲に子供が戯れていたり、バーベキ
ューを楽しむ団体などがいたとしても、何故か非常に静かでベンチに座って
のんびり過ごしたり、園内を散策して歩くのにはもってこいの公園だと思い
ます。
私も実は、ごく最近になってこの公園を知ったので、まだそれ程観て歩い
たりはしていませんが、東京都の現代美術館が隣接しているので、いずれ
は、そこを訪ねてみたいと思っています。




と、今回は5つの公園を紹介してみました。

また機会があれば、今回紹介していない公園についても紹介してみたいと
思っています。

では、また。



Word & Photo by 陳 笈


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by endow2004jp | 2009-05-27 10:37 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第37回 『背筋を伸ばして、九段の玉葱へ』


~ ZATUBUN ~             第37回

エッセイ 『背筋を伸ばして、九段の玉葱へ』



私はこれまでに、幾つものライブやイベントに足を運んできた。

ライブに関しては、今でこそ年に1本行くか行かないか、といった程度だ
が、以前は年に数本のライブに足を運んでいた。
その殆どは、海外のロック系アーティストのライブで、会場となる“箱”
は、その大半が東京都内のコンサート・ホールと呼ばれる“ホール・クラ
ス”や、ライブ・ハウスに近い規模の“箱”である事が多かった。
東京ドームや横浜アリーナなどの、所謂“ドーム・クラス”“アリーナ・
クラス”“大箱”と呼ばれる会場でのライブ(またはイベント)には、
あまり足を運んだ事がない。
それはたまたま、私の好みのアーティストが、そうした“大箱”会場での
公演をあまり行わなかった、という事もあるのだが、知らぬ間にその大き
過ぎる会場の規模や、音響面での不安から、私自身が“大箱”での公演
を避け、極力“ホール・クラス”程度での公演を選ぶようになっていたの
かもしれない。
しかし、日本にまだ“ドーム”“アリーナ”といったクラスの“箱”
存在していない頃から“大箱”として存在していた特別な会場があった。

それは、他でもない“日本武道館”である。



前記したような理由から“大箱”でのライブを避けている私も、この日本
が誇る“最も有名な大箱”である“日本武道館”だけは別だった。
私が初めて海外アーティストのライブを観たのも日本武道館でしたし、そ
の後に色々な会場でのライブなどに足を運ぶうち、“日本武道館”は私の
中でも本当に“特別な会場”となっていったのです。

そもそも、音楽向けのホールとして造られたわけではない日本武道館は、
音響面でも座席も含む建造物としての造りでも、けっしって“優れたライ
ブ会場“なわけではない。
メタリカがそのギネス級の大音量を出せば、会場外周の窓が“ビリビリ”
と震えだすし、場内が暗転してからのアリーナ以外の席は、足元が悪く長
時間立ったままでいると、結構しんどい。
が、ただし、そこには確実に他のどんなに優れた会場にも無い独特の“威
厳”とも言えるような雰囲気といったモノが存在しているのだ。
その建物の堂々とした外観の佇まいからしてある種の独特な“壮言”とも
言える雰囲気を、私は感じずにはいられない。
私は、武道館でのライブに足を運ぶ時、あの九段の坂を上がり、北の丸の
門をくぐる時点で既に、その独特な雰囲気に身を委ねはじめている。
場内へと続く階段を昇る頃には、その独特の雰囲気から、私の背筋は普段
よりもニ割増しで“ピン”と伸びている。
武道館の館内へ入り、けっして歩きやすくない、ひな壇状となった1階や
2階のエリアで席を探す。
席に着くと、ステージだけではなく客席全体が見渡せるその雰囲気に、ま
た圧倒される。
“ふうん、今日の入りはまずまずだな・・・”などと思いながら、これまた独特
の開演を知らせるブザーの音と、客電が落ち場内が暗転するのを待ちわ
びる。

そう、武道館の良さは、この客席をはじめとする場内全体がが見渡せる点
にこそある、と私は思っているのだ。
ライブ中にもステージと並行して、自分と一緒にそのライブを楽しんでいる
観客を見る事が出来るのだ。
こんな状態でライブを楽しめる会場は、私の知る限り他には存在していな
い。
特に最近出来たようなホールなどでは、むしろ観客一人一人がステージに
集中しやすいような造りとなっていて、他の大勢の観客がどんな雰囲気で
ライブを楽しんでいるのかは、分かりづらいような造りとなっている。
ライブを客観的に会場全体の雰囲気も含めて鑑賞したい私にとっては当然、
席によってはバックステージまでも見る事が出来る武道館の方がありがた
いのである。

まあ、このようなライブの楽しみ方をするのも私位のものとは思うが・・・

とはいえ日本武道館も、すでに建造されてから既に44年が経つ古い建物
ですから、近い将来に建て替えなどという事もあるとは思います。
が、出来ればそれまでに、あと何本かのライブをあの場所で見ることが出
来たら、そんな風に私は思っています。



最近は、良く晴れた休日などに自転車で北の丸公園へ行ったりしている。

日本武道館の堂々とした姿の前を通りながら。
そんな時でも、やはり北の丸の門をくぐり、武道館の姿が間近に見えて
くると、自然と私の背筋は“ピン”と伸びてしまうのだ。

その、なんとも言えない感慨と共に。




Story & Photo by 陳 笈






by endow2004jp | 2009-05-11 16:51 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第36回 『左側のページ』


~ ZATUBUN ~             第36回

エッセイ 『左側のページ』



たとえば・・・、

今、目の前にまだ何も書いていないノートが開かれているとします。
あなたなら、左右どちら側のページから書き始めますか?

私は、迷わずに右側のページから書き始めます。

左側のページは、未記入でまっ白なまま・・・

そして、そのまっ白な左側のページは最後まで、まっ白なままとなるので
す。

それは、何故か?
その答えは、私自身にもよく分かりません。
が、気が付いた時には、私はノートなどに記入をする際に、左側のページ
を使わなくなっていたのです。
確か、私が中学生だった頃にはすでにこのようなノートの使い方をしてい
たように思います。
以来私は今でも、ノートやメモ帳などの左右見開きとなるモノへ記入をす
る場合は必ず、右側のページのみ使用しているのです
原因は、恐らく私の筆圧と、ものを書く際の手の動かし方によるものでは
ないかと思っています。
筆圧が強いが故に左側のページにものを書くと、その裏面に先に書かれ
たものが転写するかの如く下のページへと写ってしまい、後からそのペ
ージを見た時に非常に汚い印象を受けてしまうのと、私がものを書く際に
筆記具を持つ手の下側を書く面にくっつけて書く癖があり、その事から左
側のページへ記入しようとすると、どうも上手く記入する事が出来ないし、
場合によっては書く面にくっつけられていた手の側面が汚れてしまったり
してしまうのです。
そんな二つのクセから、いつしか私は向かって左側のページへの記入を
しないようになっていました。
当然、周囲からは私のそうしたノートの使い方を不思議がったり、“それは、
おかしい“と、たしなめられる事もありましたが、私は未だに左側のペー
ジへの記入が出来ずにいます。
エコがもてはやされる今の時代からは、ある意味完全に逆行したおこない
ではありますが、今更直せるものとも思えませんし、現時点では直すつも
りもありません。
ただし、これはあくまでも手書きでの事でしかなく、パソコンで文書を書
いたりする場合には、ごく普通に左側にレイアウトされたページも使って
書いています。
現在は、手書きで何かを書く事など殆どなくなってきているので、特に不
便に感じることもありませんし、私のその不可思議な行為が人目に晒され
る事も無くなりました。



それでもやはり、ノートやメモ帳などの両開きとなる物に手書きで何かを
書く場合には、今でも右側のページにのみ記入をしています。

その方が、私にとって“キレイ”に見えるのだから・・・

結局それが、私が左側のページをまっ白なままにする最も大きな理由なの
かもしれません・・・

こんな私って、やっぱり少し“変”ですか?




Word & Photo by 陳 笈


by endow2004jp | 2009-04-14 19:53 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第35回 『ずっと、卒業できない・・・』



~ ZATUBUN ~             第35回


『ずっと、卒業できない・・・』



世間は“卒業”シーズン、ですね。

ところで皆さん、この『卒業』という言葉の意味合いにういて、考えて
みた事はありますか?
どうも、私たち日本人は、あまりにも簡単に『卒業』という言葉を使い
過ぎているような気がしてなりません。
特に、”もう~だから、~からは卒業した・・”的な使い方。
この使い方が本当に正しいのかどうか?
私は、ずっと気になっていました。
なので、この『卒業』という言葉について考えてみたいと思います。


まず、試しに辞書で調べてみると、

そつぎょう【卒業】 (名)スル

① 学校の全教科または学科の課程を修了すること。[季]春。
 「今春―する」「―式」

② ある状態・段階を通過すること。 「もうマンガ本は―した」

③ 一つの事業を完了すること。

                        大辞林 第二版(三省堂)


と、いうことになるようです。

で、一般的によく耳にする、”もう~だから、~からは卒業した・・”
的な使い方となっているのは、②の”ある状態・段階を通過すること”
からくるモノではないか、と思われます。

この場合においても、何か設定された条件のようなものを通過、つまり
”クリア”した状態に達してはじめて『卒業』した、と言えるのでは
ないでしょうか?

皆さん、よく思い返してみてください、アナタ、もしくはアナタの周囲の
人が『卒業』という言葉を使った場合、その使い方は本当に正しい
と思えますか?

ちなみに・・・
オリコンが発表した「社会人が今、卒業したいと思っていること」
というアンケートの結果でも、

1位, 【運動不足】
2位, 【お金の無駄遣い】
3位, 【自分に対する甘え】
4位, 【間食】

8位に至っては、【今の職場】って、それはもう完全に『卒業』じゃなく
て「退職」「離職」「転職」でしょうがぁ!と、ツっ込みたくなってしまうよ
うな回答のオンパレード・・・
と、皆さん!本当に『卒業』という言葉の意味を解ったうえで、使って
いますか? と、問いかけたくなってしまうような回答ばかり・・・
1位の運動不足に関して、その理由が”中々その時間がとれないから”
って・・・私が思うに、本当に運動をやりたいと思っている人や、実際
すでにやっている人たちは、そういう事に使う時間を自分で強引にで
も工面して作っているハズです・・・
つまり、今回オリコンさんが苦労して集計したであろうこのアンケート
の結果に関しては、『卒業』云々ではなく、”単に自分に甘く、日本語
をよく理解できない人たち”がたまたま回答をしてしまったらしく、この
様な全く的を得ない結果となってしまったのでは、と思わざるおえな
い様となっていました。(まあ、それをそのまま何の違和感も感じず
に発表することにも疑問は感じますが・・・)

では何故、このようなことになってしまっているのか?
そう考えると、大人が子供を教育・指導する際に発する言葉にその原
因があるのではないか、という結論に私はたどり着きました。

その言葉とは、

”もう、いい加減に~は、卒業しなさい!”

というフレーズ。
皆さんも一度は、親御さんに言われた事ないですか?
”卒業しなさい!”と、いうことは、本来の『卒業』という言葉の意味から
すると、”卒業できるように頑張りなさい”という意味となるハズなのだ
が、親など自分よりも年上の人間が放つ”もう、いい加減に~は、卒業
しなさい!”というフレーズには、”もう、いい加減に~なんか止めなさい”
という意味が含まれているワケで、そうなってしまうと、本来の『卒業』と
いう言葉の意味からはかけ離れてきてしまうワケです。
そして、こうした使い方を身近に聞いている内に、誤った使い方がすっ
かり身に付いてしまった・・のではないか、と私は思っています。

皆さん、どうですか?
アナタの『卒業』という言葉の使い方、本当に合っていますか?



私は、周囲に”もう、いい加減に~は、卒業しなさい!”的な事を
言われた時、よくこう切り返します。

「今やめたら、『卒業』じゃなくて『中退』になっちゃうよ・・
だから、留年してでも俺はやめないよ。」
と。

こんな事を言う私って、やっぱりヘソ曲がりなんでしょうか?
でも、音楽を楽しむこと、楽器を演奏すること、TVを観ること、そして、
こうして文章を書くこと・・・そのどれからも私は『卒業』出来そうにあ
りません。

そう、私はずっと留年中のまま、なのです。


それにしても、日本語って本当に難しいモノですね・・・



Words & Photo by 陳 笈


by endow2004jp | 2009-03-03 11:24 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第34回 『Ritchie Blackmore を語る』



~ ZATUBUN ~             第34回


『Ritchie Blackmore を語る』


リッチー・ブラックモアRitchie・Blackmore)という人物は、偉大なる
音楽家であり、ギタリストであり、私が“ギターの師”と崇め続けてやまない
人物であります。

ギタリストとしての優れた技術や独創性は勿論、コンポーザーとして音楽
を構築する比類なき才能、そして常にミステリアスな人物像の、その全て
に私は惹かれ続けている。
そして私は、ギターのプレイ・スタイルをはじめ、使用する機材、楽曲を制
作する際のスタイルやバンドの運営方法などの音楽に関した面はもとより、
ファッションやその言動に至るまで、ブラックモア氏の影響を受け続けてき
た。

これまで、ブラックモア氏の存在が私の中で、あまりにも大き過ぎるが故
に、ブラックモア氏の事に関する事を書けずにいました。

なのでこれが、私がリッチー・ブラックモア氏について初めて綴る文章、
となります。

私が、ブラックモア氏の存在を初めて知ったのは、中学1年生の頃でした。

ちょうどその頃、私が、洋楽のいわゆるポップスから、ジャーニーあたりを
入口として、徐々によりハードなロックへと聴く音楽をシフトしていった時期
でもあり、またギターを始めようとしていたところでもありました。
ブラックモア氏は当時、レインボウを率いて活動しており、アメリカでのチャ
ート・アクションを意識したレインボウが、ジャーニーやフォリナーに代表さ
れるような“産業ロック”寄りの音へと移行していた時でもありました。
なので私は、ジャーニーなどと同じような感覚で(あるいは、もう少しハード
なものとして)、レインボウを聴くようになりました。
しかし、音楽雑誌やギター雑誌に書かれる記事を読むにつれ、レインボウ
はもちろん、そのグループを率いているギタリストのリッチー・ブラックモア
という人物に興味が湧き、友人にレコードを借りるなどしてブラックモア氏
の音楽を聴くようになっていきました。
やがてそれは、ブラックモア氏がレインボウ以前に在籍していたディープ
パープルへと遡って聴くに至り、その頃にはもう完全にブラックモア氏の虜
となっていました。
高校へ進み本格的にギターを始めた私は、さらにブラックモア氏の研究を
していくようになっていきました。
今思い返せば、それはもう、一種の新興宗教にでも入信したかのような状
況だったようにも思えるほどに。
明けても暮れてもブラックモア氏が携わった楽曲を聴き、氏の使用するギ
ターを模したデザインのギターを使って演奏を真似し、氏と同様に全身真
っ黒の衣装を身にまとい、氏になりきる為に数少ないブラックモア氏のイン
タビュー記事を何度も読み返したりしていました。
それでも当時は、得ることの出来る情報といえばレコード以外は、雑誌か
らのもの位で、今のようにライブなどの映像作品が色々と出回っているわ
けでもなく、たまにビデオ作品がリリースされたとしても非常に高価なもの
でしかなかったので中学生や高校生には手軽に購入できるものではなく、
さらに、一部で売られていた海賊版の映像作品はさらに高価で、とても手
の出せるものではありませんでしたし、同じ理由から来日公演があったと
しても見に行く事も出来ないでいました。
高校生の頃には時折、レコード店や楽器屋の店頭でレインボウやディープ
パープルの映像を流している事があり、そんな時は、時間の経つのも忘れ
てその場に居座ってその映像を凝視するが如く見続けていたものです。
それ以外は、雑誌のカラーページを飾るブラックモア氏のライブでの写真
を見ながら “あぁ~、このポーズにはきっと、こういう動きから、こうなって・・“
とか、”あのライブ盤の、あの音は、きっとこうして出しているに違いない・・“
などと想像を膨らませたりしていました。
結局、当時のレインボウを生で観ることは叶わず、私がブラックモア氏を
生で観ることが出来たのは、それからずっと後のジョー・リン・ターナーを
フィーチャーしたディープパープルでの来日の時でした。
その後、ブラックモアズ・レインボウと、ブラックモアズ・ナイトの公演で、
ブラックモア氏を生で体験する事が出来ました。
こうして私は、10代の前半から四半世紀以上の永きにわたって、ずっと
リッチー・ブラックモアという唯一無二な偉大なるアーティストを追い続け
てきました。
勿論その間、リッチー・ブラックモア氏がらみではない、他のアーティスト
や音楽にも触れてきましたし、ヒーロー視するようなミュージシャンは、ブ
ラックモア氏以外にも存在していました。
が、ベースとなる部分には常にリッチー・ブラックモア氏が存在していま
したし、これだけ永い時間ずっと追い続けたアーティストは、やはり他に
はいませんでした。


          *私が以前に使用していたリッチー・ブラックモア・タイプのストラト

そこまで私を虜にしたリッチー・ブラックモア氏の魅力は、いったいどのよ
うなモノなのか・・・?
残念ながら、この事に関しては私自身、未だによく分かっていませんし、
分かったとしても上手く表現する事は出来ない、と思います。
それでも、無理やりリッチー・ブラックモア氏の魅力を表現するとしたら・・・
それは、 “究極的なカリスマ”であり、私にとっての”アイドル“だ、
というような非常に抽象的な表現となると思います。

ただし、10代から20代の半ばあたりまでは、一種の“ヲタク”的な感覚
を持ってリッチー・ブラックモア氏を追いかけていましたが、20代半ば以
降は、徐々に私の氏に対する姿勢も変わってゆき、偉大なるリッチー・
ブラックモア氏を追求する事によって得られたものは、あくまでベースとし
て、それを自分の演奏や創作行為に消化していくような、そんな方向へと
シフト・チェンジしていきました。
それでも、ブラックモア氏の動向には常に注意していましたし、書店で氏
がフィーチャーされた音楽雑誌を見付ければ目を通したりはしていました
が、以前のように貪欲にこちらからブラックモア氏を追うようなマネはしな
いようになっていました。
そもそも、世間に多く存在する“リッチー・フリーク”と呼ばれる人たちは、
その多くが、ディープパープルの頃であったり、レインボウの前期であった
り、はたまた後期のレインボウであったりと、その好みの時期が分かれ、
好きな人はその時期だけを徹底的に追求してみたり、ブラックモア氏がら
みの人脈までを全て掌握してみたり、といったマニアックな方が多いよう
ですが、私の場合は、過去の偉業も知り、頻繁におこなわれるバンドのメ
ンバーチェンジや音楽性の方向の変化などを全て受け入れた上で、常に
その時々の“現在のリッチー・ブラックモア”を追い続けると言う、“リッチー
・フリーク”から“邪道”とも言われかねない感覚で、氏を追いかけていたの
です。
なので、ブラックモア氏が刻一刻と変化しているのに対し、私自身の音楽
に対する姿勢やギターのプレイ・スタイルが変化していくのも“アリ”なもの
と考えていました。

とにかく、リッチー・ブラックモア氏が、私にとって“最も偉大で、崇高な
アーティスト“であることに変わりはないのです。


リッチー・ブラックモア氏は、当然今も現役で活動を続けており、現在は、
最近正式に奥様となられたキャンディス・ナイトをシンガーに、中世的な
趣の音楽をやっていますが、そこで聴かれる音楽は未だに独特のもの
であり、氏の果てることのない創作意欲を感じさせるものとなっています。

今は、アコースティック・ギターを中心としているギター・プレイに関しても、
エレクトリックをプレイしていた頃よりもむしろ、今の方が正確で安定した
プレイをしており、基本となっている技術の高さに未だに感心させられて
います。
そして、楽曲の持つ雰囲気も、ギターの演奏も、過去のブラックモア氏か
らは想像出来ない程に優しく、氏とその伴侶であるキャンディスとの“自
然体”
とも言える姿を感じさせています。

そんなブラックモア氏の姿によって、私も改めて好きな音楽を好きなよう
に聴き、演奏し、楽しんでいく事の大切さと楽しさを学ばせてもらえました。

今は、私も“自然体”な姿勢で音楽と向き合えるよう心がけています。

そして私は、この先もずっと、好きなアーティストや、好きなギタリストを
訊かれたら、真っ先にリッチー・ブラックモア氏の名前を挙げていく事で
しょう。

最後に。

私がギターを弾く時に使用しているピックは、ブラックモア氏と同じ五角
形のホームベース型をしたものを今も愛用している、という事を付け加
えておきます。




Story & Photo by 陳 笈


by endow2004jp | 2009-02-24 12:52 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第33回 『ジャケ買い』


~ ZATUBUN ~             第33回

エッセイ 『ジャケ買い』



「ジャケ買い」
この言葉を皆さんはご存じでしょうか?

「ジャケ買い」
すなわち、ジャケットの印象や、そこから内容を想像して、実際の中身を
確認せずに購入する事を、こう言うのです。
主にレコードやCD、DVDなどを購入する際に使う言葉です。
私も頻繁に、この「ジャケ買い」をしていた時期がありました。
特に、世の中にCDが現れる以前のレコードが全盛の時代には、当たり前
のように「ジャケ買い」をしていましたし、CDの時代となってからも、今の
ように多くのCDをCDショップの店頭で視聴出来たり、インターネットを利用
して事前にCDの内容をチェックしたりという事が出来るようになるまでは、
多くのCDを「ジャケ買い」していました。



★中古盤で購入して“大当たり”だったANGELの1st

私が、まだ高校生だった頃には、レコードを安く手に入れるために学校の
帰りなどに中古レコード店へ行き、中古盤を漁ったりしていたのですが、
中古レコードを購入する場合は、ほぼ100%と言ってよい程「ジャケ買い」
となっていましたし、西新宿に出向いて、海賊盤(いわゆる、ブートレッグ)
を購入する場合などは、ほぼ間違いなく「ジャケ買い」となっていま
した。
また、マイナーなアーティストやはじめて目にするアーティストの作品(主
に輸入盤)を購入する場合も、その多くが「ジャケ買い」となっていました。
この 「ジャケ買い」の場合、中身を確認していないわけですから、家へ
帰りその内容を実際に耳にするまでは、結構ドキドキしたものです。
内容が、想像していた通り、もしくはそれ以上のモノ(所謂、当たり)だった
場合は “ヨシッ!”などと一人でガッツポーズをしてみたり、後から友人に
自慢げに聴かせてみたり、と大喜びしていましたが、当然それとは反対に
想像とはまるで異なる内容であったり、自分が設定した基準以下の作品
(所謂、ハズレ)だったりする事も多々ありました。
いや、むしろ“ハズレ”だった事の方が多かった、と言えるでしょう。



☆輸入盤で購入して“大当たり”だったSTRATOVARIUS

それでも私は 「ジャケ買い」を止めませんでした。
それは、「ジャケ買い」で購入した作品が“掘り出し物”“大当たり”
だった時の喜びと、ただ単純に“冒険を冒してでも、少しでも気に入った
音楽やアーティストに出会いたい“という、ある種の貪欲な気持ちがあっ
たからに他ならない、と思います。

今では、さすがに以前のような“冒険”を伴うような「ジャケ買い」はしない
ようになりましたが、それでも時折り「ジャケ買い」的な買い物をして、新
しいアーティストを物色したりしています。

これもまた、買い物の楽しみ方のひとつだと、私は思っています。



Photo & Word by 陳 笈

by endow2004jp | 2009-02-15 17:39 | ZATUBUN

トランスメディア提供アイコン01~ ZATUBUN ~ 第32回 『それぞれの“今日”』


~ ZATUBUN ~             第32回


散文 『それぞれの“今日”』



「ドッカニイッテ、イイコトシナイ?」

不意に声をかけられた。
「ネェ、ドッカニイッテ、イイコトシナイ?」
四十は超えていそうな女だ。
実際には、もっと上の年齢かもしれない。
「ネェ?」
深夜1時を過ぎている。
電車も、もう走っていない。
「ネェッ」
区役所の側。
ゴールデン街の灯りが見える。
「ネェッテバサァ」
顔も見ずに通り過ぎた。
不意に、ショルダーバッグのストラップが引っ張られた。
「ネェ」
まだ言っている。
ショルダーバッグのストラップを引っ張りながら・・・
「イイコトシニイコウヨ」
「うるせぇ!しつこいんだよ!」
振り向きもせず、そう言った。
ストラップを引っ張る力が消えた。
ふっ、とバッグが軽くなった。

   

また GUNS N’ ROSES だ。
『Welcome To The Jungle』
1時間に満たない時間の間に、もう4回目だ。
午前2時を過ぎたハンバーガー・ショップには、家へ帰る手段を
失った者たちが集まっている。
一杯のコーヒーでねばりながら、モニターに映し出されたレーザ
ー・ジュークの映像を観るともなく観ていた。
圧倒的に、20代前半までの若者が多い。
友達と一緒の者や、何人かのグループとなっている者たちは、大
きな声で会話をしている。
店の中は、そんな話し声と煙草の煙が充満している。
前の席の女の子は、すでにテーブルにつっぷして眠ってしまって
いる。
スラッシュが、ギター・ソロを弾いている。
二杯目となるコーヒーを買うために席を立った。
レーザー・ジュークのモニターに、次の曲が映し出された。
ティファニー、だった。

   

東口と西口を結ぶ高架下のトンネルのような通路の、その中に
二人はいた。
自作と思われるフォーク・ソングを、二人は歌っていた。
一人は、リード・ヴォーカル。 もう一人がアコースティック
ギターを弾きながらコーラスをつけている。
二人の足もとには、黒いギターのハードケース。
トンネルの中に、天然のエコーがかかった二人の歌声が響いて
いる。
サイモン&ガーファンクルも、始めはこんなだったのかもしれ
ない。

   


静かだ。

   

・・3人、4人、5人、6人、7人、・・・・・
彼らは、みんな“自宅”に帰ってきていた。
地下のロータリー。
そこを、“自宅”としている者たちが、あちこちにころがっている。

   

静かだ・・・・・

   

ロータリーから続く地下道を、高層ビル群のその先に広がる公園
に向けて歩く。
通路の端、ビルの出入り口には、男たちがころがっている。
が、それも地上へ近づくにつれ、その人数は減っていく。
気付くと地上に出ていた。
数多くの柱の如きビル群が、濃いダーク・グレイの空へ向けて立
っている。
つい先ほどまで降っていた雨に濡らされたアスファルトの路面を、
街灯の灯りが黒ぐろと光らせている。
歩道の脇に駐められたタクシーの中では、運転手がシートを倒し
て深い眠りについている。

   

歩道橋を渡りきると、知らぬ間に公園に入っていた。
ベンチに腰を下ろす。
シャツのポケットから煙草を1本だけ取り出す。
灯を点ける。
紫煙が、顔の脇を通り、後ろの方へと流れていく。

静かだ。

アベックすらいない公園で、煙草を1本喫った。
煙草を喫う度に、そのまわりがオレンジ色に滲んでいた。

   

その映画館から、男は出てきた。
40過ぎのサラリーマンとおぼしき男。
コートが、よれよれになっている。
映画の内容は、入口の看板やポスターに描かれた女たちが物語っ
ていた。

   

Come The Dawn

   

午前4時。
駅が開くのは、4時10分だ。
駅のまわりに人が集まりはじめた。

それぞれの“今日”が始まっていた。

   


Come The Dawn
Come The Dawn




 Story & Photo by 陳 笈




- あとがき -

これは、先日自宅で片付けをしていた時に偶然見付けた作品です。
作品、と言っても殆どメモのような代物です。
ストーリーとは言えないような内容だったので、“散文”としておき
ました。
内容は、昭和が終わる少し前くらいの時期の、私の実体験をもとに
書いたものです。
もしかしたら当時、これを元に何かを書くつもりだったのかもしれ
ません。
が、今となっては、思い出せません。
なので、ほとんどそのまま発表してみました。



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by endow2004jp | 2009-02-01 21:41 | ZATUBUN