~ ZATUBUN ~ 第34回『Ritchie Blackmore を語る』リッチー・ブラックモア(
Ritchie・Blackmore)という人物は、偉大なる
音楽家であり、ギタリストであり、私が“ギターの師”と崇め続けてやまない
人物であります。
ギタリストとしての優れた技術や独創性は勿論、コンポーザーとして音楽
を構築する比類なき才能、そして常にミステリアスな人物像の、その全て
に私は惹かれ続けている。
そして私は、ギターのプレイ・スタイルをはじめ、使用する機材、楽曲を制
作する際のスタイルやバンドの運営方法などの音楽に関した面はもとより、
ファッションやその言動に至るまで、ブラックモア氏の影響を受け続けてき
た。
これまで、ブラックモア氏の存在が私の中で、あまりにも大き過ぎるが故
に、ブラックモア氏の事に関する事を書けずにいました。
なのでこれが、私がリッチー・ブラックモア氏について初めて綴る文章、
となります。
私が、ブラックモア氏の存在を初めて知ったのは、中学1年生の頃でした。
ちょうどその頃、私が、洋楽のいわゆるポップスから、ジャーニーあたりを
入口として、徐々によりハードなロックへと聴く音楽をシフトしていった時期
でもあり、またギターを始めようとしていたところでもありました。
ブラックモア氏は当時、レインボウを率いて活動しており、アメリカでのチャ
ート・アクションを意識したレインボウが、ジャーニーやフォリナーに代表さ
れるような“産業ロック”寄りの音へと移行していた時でもありました。
なので私は、ジャーニーなどと同じような感覚で(あるいは、もう少しハード
なものとして)、レインボウを聴くようになりました。
しかし、音楽雑誌やギター雑誌に書かれる記事を読むにつれ、レインボウ
はもちろん、そのグループを率いているギタリストのリッチー・ブラックモア
という人物に興味が湧き、友人にレコードを借りるなどしてブラックモア氏
の音楽を聴くようになっていきました。
やがてそれは、ブラックモア氏がレインボウ以前に在籍していたディープ
パープルへと遡って聴くに至り、その頃にはもう完全にブラックモア氏の虜
となっていました。
高校へ進み本格的にギターを始めた私は、さらにブラックモア氏の研究を
していくようになっていきました。
今思い返せば、それはもう、一種の新興宗教にでも入信したかのような状
況だったようにも思えるほどに。
明けても暮れてもブラックモア氏が携わった楽曲を聴き、氏の使用するギ
ターを模したデザインのギターを使って演奏を真似し、氏と同様に全身真
っ黒の衣装を身にまとい、氏になりきる為に数少ないブラックモア氏のイン
タビュー記事を何度も読み返したりしていました。
それでも当時は、得ることの出来る情報といえばレコード以外は、雑誌か
らのもの位で、今のようにライブなどの映像作品が色々と出回っているわ
けでもなく、たまにビデオ作品がリリースされたとしても非常に高価なもの
でしかなかったので中学生や高校生には手軽に購入できるものではなく、
さらに、一部で売られていた海賊版の映像作品はさらに高価で、とても手
の出せるものではありませんでしたし、同じ理由から来日公演があったと
しても見に行く事も出来ないでいました。
高校生の頃には時折、レコード店や楽器屋の店頭でレインボウやディープ
パープルの映像を流している事があり、そんな時は、時間の経つのも忘れ
てその場に居座ってその映像を凝視するが如く見続けていたものです。
それ以外は、雑誌のカラーページを飾るブラックモア氏のライブでの写真
を見ながら “あぁ~、このポーズにはきっと、こういう動きから、こうなって・・“
とか、”あのライブ盤の、あの音は、きっとこうして出しているに違いない・・“
などと想像を膨らませたりしていました。
結局、当時のレインボウを生で観ることは叶わず、私がブラックモア氏を
生で観ることが出来たのは、それからずっと後のジョー・リン・ターナーを
フィーチャーしたディープパープルでの来日の時でした。
その後、ブラックモアズ・レインボウと、ブラックモアズ・ナイトの公演で、
ブラックモア氏を生で体験する事が出来ました。
こうして私は、10代の前半から四半世紀以上の永きにわたって、ずっと
リッチー・ブラックモアという唯一無二な偉大なるアーティストを追い続け
てきました。
勿論その間、リッチー・ブラックモア氏がらみではない、他のアーティスト
や音楽にも触れてきましたし、ヒーロー視するようなミュージシャンは、ブ
ラックモア氏以外にも存在していました。
が、ベースとなる部分には常にリッチー・ブラックモア氏が存在していま
したし、これだけ永い時間ずっと追い続けたアーティストは、やはり他に
はいませんでした。
*私が以前に使用していたリッチー・ブラックモア・タイプのストラトそこまで私を虜にしたリッチー・ブラックモア氏の魅力は、いったいどのよ
うなモノなのか・・・?
残念ながら、この事に関しては私自身、未だによく分かっていませんし、
分かったとしても上手く表現する事は出来ない、と思います。
それでも、無理やりリッチー・ブラックモア氏の魅力を表現するとしたら・・・
それは、
“究極的なカリスマ”であり、私にとっての
”アイドル“だ、
というような非常に抽象的な表現となると思います。
ただし、10代から20代の半ばあたりまでは、一種の
“ヲタク”的な感覚
を持ってリッチー・ブラックモア氏を追いかけていましたが、20代半ば以
降は、徐々に私の氏に対する姿勢も変わってゆき、偉大なるリッチー・
ブラックモア氏を追求する事によって得られたものは、あくまでベースとし
て、それを自分の演奏や創作行為に消化していくような、そんな方向へと
シフト・チェンジしていきました。
それでも、ブラックモア氏の動向には常に注意していましたし、書店で氏
がフィーチャーされた音楽雑誌を見付ければ目を通したりはしていました
が、以前のように貪欲にこちらからブラックモア氏を追うようなマネはしな
いようになっていました。
そもそも、世間に多く存在する
“リッチー・フリーク”と呼ばれる人たちは、
その多くが、ディープパープルの頃であったり、レインボウの前期であった
り、はたまた後期のレインボウであったりと、その好みの時期が分かれ、
好きな人はその時期だけを徹底的に追求してみたり、ブラックモア氏がら
みの人脈までを全て掌握してみたり、といったマニアックな方が多いよう
ですが、私の場合は、過去の偉業も知り、頻繁におこなわれるバンドのメ
ンバーチェンジや音楽性の方向の変化などを全て受け入れた上で、常に
その時々の“現在のリッチー・ブラックモア”を追い続けると言う、“リッチー
・フリーク”から“邪道”とも言われかねない感覚で、氏を追いかけていたの
です。
なので、ブラックモア氏が刻一刻と変化しているのに対し、私自身の音楽
に対する姿勢やギターのプレイ・スタイルが変化していくのも“アリ”なもの
と考えていました。
とにかく、リッチー・ブラックモア氏が、私にとって“最も偉大で、崇高な
アーティスト“であることに変わりはないのです。リッチー・ブラックモア氏は、当然今も現役で活動を続けており、現在は、
最近正式に奥様となられたキャンディス・ナイトをシンガーに、中世的な
趣の音楽をやっていますが、そこで聴かれる音楽は未だに独特のもの
であり、氏の果てることのない創作意欲を感じさせるものとなっています。
今は、アコースティック・ギターを中心としているギター・プレイに関しても、
エレクトリックをプレイしていた頃よりもむしろ、今の方が正確で安定した
プレイをしており、基本となっている技術の高さに未だに感心させられて
います。
そして、楽曲の持つ雰囲気も、ギターの演奏も、過去のブラックモア氏か
らは想像出来ない程に優しく、氏とその伴侶であるキャンディスとの
“自
然体”とも言える姿を感じさせています。
そんなブラックモア氏の姿によって、私も改めて好きな音楽を好きなよう
に聴き、演奏し、楽しんでいく事の大切さと楽しさを学ばせてもらえました。
今は、私も
“自然体”な姿勢で音楽と向き合えるよう心がけています。
そして私は、この先もずっと、好きなアーティストや、好きなギタリストを
訊かれたら、真っ先にリッチー・ブラックモア氏の名前を挙げていく事で
しょう。
最後に。
私がギターを弾く時に使用しているピックは、ブラックモア氏と同じ五角
形のホームベース型をしたものを今も愛用している、という事を付け加
えておきます。
Story & Photo by 陳 笈